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2024/11/23(Sat) 21:06:54
 もともと薄い色をしていた唇を、すいすいと真っ赤な色が上塗りしていく。真剣に鏡を見つめる表情が推理している時と同じくらいまっすぐで、新一はこういう貌をしている時が一番綺麗だと実感した。目的に突き進んで生きていくものは、とても美しいと思うのだ。
有希子さんの部屋は美しい装飾品だらけで、今新一が座っているのも凝ったバラの彫刻がなされた美しい銀の鏡台だった。今その中に映るのはいつもの新一ではない。俺が、黒羽快斗が、いや怪盗KIDが手ほどきした女装の新一がその中には映り込んでいる。

頼まれたのは突然だ。何しろ事件現場が女性しか入ることの許されない古城だとか洋館だとか要塞だとかで、警察すらすぐに中に入ることができなかったらしい。勿論呼ばれた新一も門前払いだ。
もともと同じ顔のおかげか、はたまた女性的な――それと同じ顔をしている自分は少し複雑なのだが――顔をしている所為か、大した苦労をすることなく女装に成功している。カツラも被って女性ものの服を着て、あとは仕上げのメイクだけだ。

綺麗な口角をした唇に鮮やかな赤が塗り終わり、新一は肩越しにこちらを振り返った。もともと長かった睫がマスカラで強調されて、瞳がひどく耽美に映る。「どうだ」と口の動きだけで問われて、ちょっとぐらっときた。
同じ顔同じ顔。自分に思い込ませながら、「良いんじゃないか」と返す。適当に返したのがばれたのか不機嫌そうに唇を尖らせて、鏡の中の自分に向き直った。
ルージュをひいた薄い唇の残像が、瞼の裏に焼き付いて離れない。
どうも最近おかしいなあとは思っていたのだ。偶然知り合った時にはただの友達だったのに、いつのまにか親友を飛び越して妙な恋慕を抱いてしまっているような。……ありがちな青春の勘違いだと思いたい。思いたいのに、これである。
しかも問題なのが、綺麗な女の子が目の前に居るからどきどきする! じゃなくて、綺麗な女の子の格好をした新一が目の前に居るからどきどきする! なのだ。まいった。これでは本当に、まるで、いやそんな。

「なあ快斗ぉ」

何故か甘ったるい声で俺の名前を呼ぶ。痛むほどに心臓が跳ねたけれど、そこはポーカーフェイスでやり通す。夜の舞台よりこれはずっときつい。何せ相手は探偵だ、ちょっとの同様も表に出すことはできない。
顔を上げれば、鏡越しに新一と目が合った。気のせい気のせいとやり過ごそうとするけれど、新一の視線があまりにもしっかりしているのでどうにもそらせないまま、硬直してしまう。
と、コトリ、新一が首を傾げた。なんだその可愛いの。

「今ならお前、落とせる?」

時間が止まった。
それから、鼻を擽った甘い香りで目が覚める。薄く開けておいた窓から入り込んだ風が、どうやらそれを届けたらしい。新一の前髪が微かに揺れて、新一がうるさそうに瞳を細めた。重なる、睫の音が聞こえた気がした。

思わず頷いた俺は断じて悪くないと思う。

頷いてから後悔した。なんせ鏡の中に映った俺も新一もなんでか真っ赤だったし、俺は動揺して新一まで真っ赤だったということに気づくのに三日かかった。見れたもんじゃねえな怪盗キッド。ゴメン父さん。いやそんなことよりも、これはまずい。とてもまずい。
いろんな物を蹴っ飛ばしながら部屋を出る。勢いよく扉を閉めて、ずるずると壁に寄りかかった。口を押さえてなければ、変なうめき声が出てしまいそうだ。もしくはエクスとプラズム的な何かが。ピンク色した。

「しくじった……」

せめてあの唇が、酷く苦いものだったのなら、きっと俺を止めてくれるに違いないのに。





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2009/02/23(Mon) 02:00:21
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