ざわめいた夜空を見上げれば不穏な赤い月がぽっかりと浮かんでいた。住宅街は静かで、どこまでも平和だ。快斗は小さく嘆息した。
両側を高い塀に囲まれながら、トツトツと歩いていく。放課後にコンビニに寄ったのが敗因だった。いやそれとも週刊の漫画雑誌を手に取ったところが過ちか。とにかく、いつもより遅い帰宅時間だ。
心配はしていないだろう、と、家に居る母親を思う。こんな時間よりももっともっとずっと、世界の全ても眠ってしまったかのような時間に、少し前までの快斗はウキウキと出歩いていたのだ。こんな時間、まだまだ夜の始まりだ。
三叉路が目の前に現れ、家まであと数メートルだということを教えてくる。ここを右に曲がり電柱と電灯それぞれ三つ過ぎた頃に、温かな家が待っている。
快斗の世界はどこまでも平和だ。それなのに。
(工藤新一)
思い出すだけで周囲の空気がざわめいた気がした。いや、弾んだのは自分の心臓か。学ランの胸あたりをごまかすように手のひらで強くぬぐい、大きく息を吸い、吐き出す。
今朝の朝刊の一面は、平成のホームズ、最強の高校生探偵の名推理を褒め称えるものだった。
その姿で顔を合わせたのはたったの一度。小学生の姿では両手で数えきれるくらい。それなのにあの不敵な碧眼は記憶の中で馬鹿みたいに鮮明で、凛と突き刺さるような嫌味な言葉の数々は擦り切れないレコードのようにグルグルと頭の中を回り続けている。
(平成のホームズ、高校生探偵、難事件、名推理、解決)
今の快斗には程遠い言葉達だ。魅惑の女性の名を持つ赤い宝石をこなごなに壊しきり、白い衣装を脱ぎ去った、ただの頭の回る悪戯ガキな高校生男子に戻った、快斗には。
こないだまで同じ場所に居たのだと思えば、組織に勝利した喜びよりも悔しさが先に立つ。キッドを脱いだ快斗には、どうしたってあの位置に届くことは無いのだろう。かなしいことに快斗はずばぬけて頭が良かったので、簡単にそのことがわかってしまう。
立ち止まって、赤い月に手を伸ばした。
届かない。当然のことだ。
(俺には、もう)
下ろした手のひらを握り締めた。
諦めてしまえば良いのに諦められない。
夜を駆け抜けていた頃はあんなにも平穏で幸せな日常を望んでいたはずなのに、今ではあの切り裂くような夜風の冷たさが恋しくてたまらないなんて。
歩き出すことすらできずにぼんやりと立ちすくんだまま。
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中途半端。
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