黒羽快斗は此の世界中で最も魚というものを嫌っている。
俺にして見れば同属嫌悪だ。
複雑な経緯で知り合った黒羽という人間は、俺にとっては別世界の住人だった。IQが200ある時点で人間だとは思えない。しかしそれだけの頭を持っていながら馬鹿な事を遣ってのけて仕舞うのだ。理解出来ない。
俺が気付いている事に黒羽が気付いているか如何かは定かでは無いが、奴は怪盗キッドなんてものまで遣って居る。悔しい事に証拠という証拠は未だ見付けて居ないのだが、しかし奴は怪盗キッドだ。黒羽以外が怪盗キッド何て訳が無い、というより、黒羽以外にあの奇天烈な役者をこなせる人間は居ないと思うのだ。
此れで理解頂けただろうか、黒羽という人間は如何にも俺には理解外だ。探偵である俺に何かと付いて回って来るのも理解出来ない。何が面白くてそんな危ない橋を渡ろうと謂う気になるのか。
黒羽は魚が是でもかと言う程嫌いだ。が、俺は黒羽自身水の世界の住人に思えて仕方が無い。それも深海魚だ。
まだ人類は海の一番深いところまでは辿り着けて居ない。手の届かない位置。誰も行ったことの無い境地に、黒羽は住み付いている。
黒羽の周囲に何があるのか、黒羽自身がどんな特性を持っているのか、俺達人間は其れを知る事は出来ない。出来たとしても、随分と先の事だ。少なくとも黒羽が死んで仕舞った後になるだろう。
そんな暗闇の中を黒羽はあたかも「総て理解って居るのさ」と言わんばかりの笑顔で悠々と泳いで行って見せるのだ。時折水面に顔をちらつかせながら、其れでもその美しい尾ひれには決して触らせて呉れない。触れようと手を伸ばせば漆黒の水の中へひらりひらりと逃げて行ってしまうのだ。
あれ程孤独の似合う滑りを纏った生き物は居ない。あれ程暗闇の似合う白を纏った生き物は居ない。
もしかすると黒羽は自分の姿を知らないで居るのかもしれなかった。光の届かぬ場所では鏡ですらその姿を写して呉れないに違い無い。
だから水面近くを漂う同属を見て、「嗚是が自分の行く末なのか」と嘆いているのかもしれない。
そう思えば、あの恐怖に引き攣れた顔を見るのも悪く無いと思えてしまう、自分のサディスティックさに、笑えた。
……まあそんな小難しい事を考えずとも、あの恐怖に引き攣れた顔は、笑えるのだけれど。
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銀の色 なんとなくで選んだ、色を散らして 266「水に住む生き物」
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