※古泉がレイちゃんでキョンがゲンドウさんな感じのパラレル。古泉が可哀想でキョンが酷人。
「なんで俺がこんなことしなきゃならんのだ」
「まあまあ、世界が崩壊しないためと思えば、易いものですよ」
シューッ、と、刃が紙を切り裂く音が部室に響く。夕焼けを背にしながら僕と彼とで、来週ある涼宮さんのライブのチケットづくりをしていた。A4大の大きさの紙を短冊形に折っていき、カッターマットの上でカッターを滑らせていく。隣の彼が刃を滑らせて、その線が僅かに歪んでいたのが、何故だか妙に愛おしかった。
(僕は、馬鹿だ)
おまえが愛せば良いのはたった一人なのだ、と、それに近い事ばかりを叩きこまれた頭は、何故か違う人を選んでしまった。それもまた、やっかいな人だ。愛すべき人が愛した人を、僕は愛した。僕は、馬鹿だ。
一生伝える事の無い想いを胸に秘めながら日々を過ごすというのはなかなか戦々恐々とするというか、常に神経を張り巡らさなければならないのでとてもたいへんだ。けれど時折こんなふうに与えられる二人きりの時間に、僕はとても幸せになれる。最早、これは愛と呼ぶ他ないのだろう。
ガタリ、と音がした。見れば前傾になっていた姿勢を後ろに倒して、椅子の背に体重をかけるようなかたちで彼が背伸びをしていた。「倒れてしまいますよ」と声をかけようとしたところで、その喉の白さに思わず動きが止まる。気がそれてしまったのか、手がぶれてカッターの刃が深く僕の手を切りつけた。
あ、と、思わず声がもれて、その声に反応したのか彼が後ろにそらしていた頭を戻した。手の甲から溢れだした血を見つめている僕の視線を追って、彼の視線が下がる。僕は逆に彼の顔を見上げた。
「まあこの程度ならすぐに塞がりますよ、痕は残ってしまうかもしれませんが」
妙に表情の無い彼に、何か嫌な予感めいたものが腹の中をざわりと通り抜けた。気の所為だろうと思うことにして、安心させようと僕は言葉を紡ぐ。
不意に彼の手が僕の手に伸びた。触れた瞬間、ドクリと鼓動が大きく鳴り、僅かに顔が熱くなる。僕の手を掌に乗せ、検分するかのようにもう片方の手でそっと傷口の淵を撫でた。チリ、と走った痛みに、僕の喉が鳴る。彼の細い、それでも男らしい指に、喉が渇いていくのを感じた。
「キョ「古泉」
名前を呼んでしまう、危ういところで彼が僕の名を呼んだ。その色の無い響きにハッとする。何をやろうとしていたんだ僕は。笑顔を取り繕いながら、机の下で掌をきつく握った。
「古泉、これは駄目だ」
まっすぐな彼の視線を感じて、僕はハテと首を傾げた。彼の表情がいつになく硬い。硬いとういか、真面目というか。いつものように緩んだ目元はどこかへ消え去り、真面目すぎる瞳が僕を見つめていた。
「痕が残ってしまうと駄目なんだ、その時点で古泉一樹では無くなってしまう」
サッと、血の気が引いた気がした。
「交換だ」
彼の言葉が終わらないうちに、黒が僕を支配した。
「おはようございます」
「あら古泉君、おはよう。今日は早いのね」
「ちょっと調子が良かったもので」
「昨日はありがとう、助かったわ。まったくキョンの奴、あんなことぐらい一人でやりなさいよね」
「いえいえ、滞りなく進みましたよ」
「さすが副団長、そうでなくちゃ! …あ、カッターとかで怪我しなかった? あのマットちょっと古かったみたいだから」
「いいえ、大丈夫でしたよ」
「そうねえ……本当、手に怪我は無いみたい。いつもの古泉君の手だわ」
「そうですね」
「それにしても、本当に綺麗な手ね。私、古泉君の手、好きよ」
「ありがとうございます」
PR