「俺かおまえ、どちらかが生まれてなければ良かったんだけどな」
ゆらめきながらも不透明さを持った声で呟かれ、古泉は顔を上げた。帰り道の途中、ふらりと寄ったコンビニの中での会話にしては暗さを持ち過ぎたような会話の内容だ。首を傾げかけて、古泉は「ああ」と納得し、ほんの少し躊躇してから彼の手の中にあるものを取り上げた。銀色のパッケージに印刷してある「コンドーム」という文字をできるだけ見ないようにしながらもとの棚に何事も無かったかのように戻してしまう。
ざわめく内心を悟られないよう、古泉は小さく息を吐いた。視線を戻せば、いつものように光の無い彼の目が自分をじっと見つめているのに気付き、にこりと笑ってみせる。
「何ですか?」
「いいや」
ふい、と、ただ興味が無くなったのかそれとも何か意味があるのかわからないが、視線が外される。何かを言いかけた唇が心残りを示すように僅かに開き、そして閉じる。
彼が何を言いたいのか。何を言おうとしたのか。
(わからない筈が無い)
棚に戻されたコンドームは変わらず鈍く光を反射している。不意にそれに手が伸ばされて、隣の彼がもう一度それを手に取ろうとしているのに気付き古泉は慌ててその手を掴む。掴まれた手首に驚いた顔をした彼は、しかしすぐに呆れた風に破顔した。
「違えよ、明日使うんだ。切れてたしな」
「……ああ、そう、なんですか」
震えかけた指先を自制しながら古泉は握り締めた手を離した。骨ばった感触をコンビニの空調がふわりと拭い去ってしまったことを少し残念に思ってから、何をしているんだとため息を吐きたくなった。なったところで、浮かんでいるのは笑顔ばかりだ。
コンドームを手にとって、羞恥の欠片も見せずにそれをレジまで持っていく彼の後ろ姿を見つめながら、古泉は背中で拳を握り締めた。ギチリと皮膚が音をたてるも、爪はその先の肉を食いちぎりはしない。
清算を終えたのか彼が振り返り、小さな白い袋を古泉に向かって軽く振る。頷いて、古泉はゆるゆると握った拳を解き、彼の隣に並んだ。
「明日はハルヒと会うんだ」
「なるほど、道理で活動が休みになったんですね」
「ああ」
「羨ましいかぎりです」
いつもどおりの声を出せていることを自覚しながら、古泉は笑顔ばかりを貼り付けた。隣を歩く彼のコンビニの袋がガサガサと鳴る。
「なあ、古泉。これで良いんだよな」
かけられた声がいつもより掠れているように思えて、古泉はパチリと瞬いた。声色の方が気になってしまったから、そのセリフの意味を理解するのに、数秒かかった。
「これで、良いんだよな」
気付けば彼は立ち止まっており、それに気付くのに更に数秒かかって、古泉も漸く立ち止まり振り返った。いつものように光の無い、しかしいつもより眉の根を寄せた彼が、じっと古泉の目を見つめていた。
「何のことでしょう?」
やはりいつもどおりの声だ。確信しながら古泉は肩を竦めた。笑えている。
数秒、古泉の目を見つめてから、彼もまた肩を竦めた。何事も無かったかのよう足を進める。
ガサリと、コンビニの白いビニール袋が、鳴った。
is http://kratzer.fem.jp/is/
Deracine「幸福よりも先にあなたを思って泣きたかった」
**********************************************************************
古→←キョン×ハル
なんか予想より古泉が酷い人になってしまった。
本当は古→キョンの純粋悲恋系を書こうとしたんだけど……あれれおかしいなこのdkd(ry
PR